男はつらいよのロケ地にもなった加計呂麻島の玄関口の一つ、諸鈍(しょどん)集落の魅力にせまる!

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奄美大島本島と、大島海峡を隔てて向かい合う瀬戸内町加計呂麻島。
周囲約150㎞にも及ぶ広大な島には見どころが満載。
近年では、島自体がパワースポットして取り上げられることも多く、観光客の間で人気が高まっています。
今回は、加計呂麻島に2つある玄関口のうちのひとつ、生間(いけんま)港からほど近い諸鈍集落をご紹介します。

諸鈍(しょどん)集落って?

港から近い大きな集落


諸鈍集落は、生間港からも歩いて行くことができるアクセスの便利な場所にあります。
島の南側に位置する諸鈍湾は外海にあたるので、透明度の高さが特徴的です。
また、諸鈍は加計呂麻島のなかで最も人口の多い集落で、諸鈍小・中学校もあり、食事処や美容室などもあるのどかながらも比較的不便を感じることの少ないエリアです。

800年の歴史を受け継ぐ無形文化財「諸鈍シバヤ」

諸鈍シバヤといえば、800年の歴史を持つ、国指定の重要無形民俗文化財。
源平合戦で敗れた平資盛が、住民との交流をはかるために伝えたのが始まりとも言われています。
奄美ではお盆を含む多くの行事を旧暦で行いますが、諸鈍シバヤは毎年、旧暦の9月9日(クガツクンチ)に行わます。
お面をかぶった島の大人や諸鈍集落の子どもたちが、現在受け継がれている狂言や人形劇などの11の演目を披露します。

観光バスを貸し切った観光客の姿も毎年多く見られますが、生間港から諸鈍シバヤが行われる大屯(オオチョン神社)までは、坂道はあるものの徒歩10分程度で到着するので歩いて行くことが可能です。
さらに、大屯神社の先には「加計呂麻島展示・体験交流館」があり、無料で歴史を学ぶことができます。

寅さんとリリーが生きる家

瀬戸内町古仁屋、そして加計呂麻島といえば最終作「男はつらいよ 寅次郎紅の花」の舞台です。
なかでも加計呂麻島は寅さん終焉の地。
島内にはいくつかロケ地が点在しますが、リリーが暮らしていたのがまさにここ諸鈍集落です。

リリーの家はしばらくの間手つかずの状態で保管されていましたが、2017年に島の伝統を残した宿泊施設、伝泊(でんぱく)として生まれ変わりました。
現在は、1日1組限定で宿泊することが可能です。
高級ホテルでも味わえない趣の宿。
そこではまだ、寅さんとリリーの声が聞こえてきそうです。

諸鈍集落のおすすめや魅力

デイゴ並木


諸鈍集落で有名なものといえば、諸鈍シバヤかデイゴの花。
沖縄県出身のバンドTHE BOOMの「島唄」の歌詞のなかで耳にしたことがある方も多くいらっしゃるかもしれません。
毎年、5月末~6月中旬頃が見ごろで、真っ赤な花を咲かせます。

本島側でもデイゴの木を見かけることはありますが、諸鈍のデイゴ並木は奄美大島きっての名所。
並木の奥の方には、樹齢300~350年のデイゴの木があるといわれています。
また、奄美と台風は切っても切れない関係ですが、島では「デイゴがよく咲く年は台風が多い」という自然の教えが語り継がれています。

「男はつらいよ」にも登場。

現役のでいご丸

諸鈍集落は生間港が近く、港からも歩いて行ける距離にはありますが、島人の足としてよく利用されるのが貸切船です。
風があると着岸の難しい「フェリーかけろま」のような大きな定期船と違い、天候に関係なく運航することが多いうえ、予約をすると希望の時間に希望の場所へ運んでもらえます。
金額は場所によって一艘分の往復定額料金が設定されているので、定期船が運休したり、港のないビーチに行く際、大人数の移動などにとても便利です。
なお、デイゴが有名な諸鈍ですが、オレンジ色がひと際目立つ定期船「でいご丸」は、『男はつらいよ』の映画にも登場した貸切船。
その時にエキストラとして登場したでいご丸の船長とともに、船は現在も現役で活躍しています。
有名人のサイン色紙も船内に飾っているので、探してみてくださいね!

飲食店も多い

食事処が少ない加計呂麻島ですが、諸鈍集落周辺には、島内にしては多くの飲食店があります。
展示・体験交流館内には、今年の5月1日より「かけろまカフェ」がオープン。
島では珍しく夕方まで営業しているお店で、おにぎりセットや時計草(パッションフルーツ)のジュースなどがいただけます。
その近くには、さつま揚げの原型といわれる奄美の名物ツキアゲを乗せて豚骨で煮込んだ島うどんなどを提供している「67食堂」も。
デイゴ並木前にもたこ焼き屋さんやカフェがいくつか並び、諸鈍湾を眺めながらひと息つくことができます。
また、本島と加計呂麻島にはそれぞれ移動販売車も走っており、誰でも購入することが可能です。

奄美空港から諸鈍集落までの行き方

ステップ1.まずは瀬戸内町古仁屋まで

奄美空港から加計呂麻島へ渡るには、まずは玄関口である瀬戸内町古仁屋を目指します。
空港から古仁屋市街地まで行くには、レンタカーかバスの2パターンがあります。

レンタカーで行く場合、空港を出て県道82号線を走り、「赤木名」交差点で国道58号線へ。
そこから約1時間40分ほど国道を南下します。
古仁屋市街地に入り、左手に鹿児島銀行、右手に郵便局が立つ交差点にたどり着くので、そこを郵便局側に右折。
そこから、1つ目と2つ目の左折して直進。
突き当りが、加計呂麻島のフェリー乗り場「せとうち海の駅」です。

バスで行く場合は、空港からしまバスの「古仁屋行き せとうち海の駅」へ乗り、最終地点まで乗るだけ。
これまでは名瀬市街地で乗り換えが必要でしたが、今年の10月1日より奄美空港から古仁屋市街地への直行便運行が始まり、さらに便利になりました。
車内でフリーパスも購入できるので、乗車回数の多い方はお得にバス旅が楽しめます。

ステップ2.町営定期船で生間港へ

古仁屋市街地からは、フェリー以外に乗って加計呂麻島に渡ります。
島へ渡る船にはいくつか種類がありますが、観光される方のほとんどが利用する町営定期船「フェリーかけろま」にて生間港を目指します。
2つの港へはどちらも往復3便ずつ運航しています。

ステップ3.レンタカー

先述のとおり、生間港から諸鈍集落までは徒歩または電動自転車で行けますが、集落にずっと居続ける方以外はレンタカーを利用しましょう。
一つの観光地に長く滞在される方はバスの利用も可能ですが、便数が少ないため目的地と帰りのバス、フェリーの時間を確認したうえで利用するのがおすすめです。

諸鈍集落の周辺おすすめスポット

来々夏ハウス

生港から車で10分弱進んだ渡連(どれん)という集落に、ブーゲンビリアやソテツなど南国の木々が咲き乱れる宿泊施設「来々夏ハウス(ココナッツハウス)」があります。

和室を中心とした広いお部屋にお風呂があり、ゆっくりとくつろげます。
また、店のご主人は地元では有名な釣りの名人。
今年の5月には、目の前の渡連海岸で推定50㎏のGT(ロウニンアジ)を釣り上げて話題になりました。
壁や天井など、部屋のあちこちに魚拓が飾れています。

宿泊客の食事のほか予約制でランチもされており、ご主人が釣った魚を提供してくれます。
定食はボリューム満点で、塩だけで味付けした焼き魚など絶品!家族連れや、釣りを目的としたリピーターも多いお店です。

ライオンに見える岩!?

諸鈍集落からさらに20分ほど南へ進んだ場所に、徳浜と呼ばれるビーチがあります。
奄美大島には、大和村とこちら加計呂麻島に「徳浜」が2か所ありますが、島人は加計呂麻島の徳浜を「ドゥッカマ」と発音します。
この浜も、男はつらいよのロケ地のひとつで、名シーンの看板も立っているので、寅さんファンも多く訪れます。

その看板から浜に進み、海を前にして右手にしばらく進んでみてください。
そこでパッと振り返ると、ライオンの顔に見える岩「ライオン岩」が顔を出しています。
写真をご覧いただくと、中央辺りにまん丸とした目のライオンの顔が見えるでしょうか?

徳浜に来る途中、「くじらが見える丘」という看板も立っていますが、12月~2月頃までの間、運が良ければそこら肉眼でくじらを見つけられるかもしれません。
なお、生間港から出ているバスはデマンド運行のため乗客がいないと走らないので、事前の予約が必要です。

安脚場(あんきゃば)戦跡跡

意外と知られていませんが、瀬戸内町内と加計呂麻島には多数の戦跡が点在します。
なかでも、まとまった戦跡が残る場所が多く残るのが、生間港から東に進んだ安脚場戦跡場。
高台に設置された砲台跡や弾薬庫跡がいくつも残っています。

沖縄がアメリカの支配下にいたことは多くの方に知られていますが、実は奄美大島もアメリカの統治下にあり、1953年12月24日に返還された歴史を持ちます。
琉球、薩摩、そしてアメリカとしいたげられた時代が続き、戦後は都会への集団就職の際に言葉が通じないため、方言の使用が禁止された時代もありました。
島の歴史とは対照的に、砲台跡からどこまでも真っ青な海を見下ろすと、平和な時代を願わずにはいられません。

まとめ

諸鈍集落、いかがでしたか?加計呂麻島を訪れると、そのゆったりとした時間の流れと開放的な雰囲気に、パワースポットと言われるのがよくわかります。
加計呂麻島を訪れた際は、アクセスもよく見どころ満載の諸鈍集落へぜひお越しください。